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●人の心を知る
人のこころを知るということは、己のこころを知ることでもあります。
また、人を知ることは己を知ることでもあります。
人は等身大の鏡に前にたっても己を正確に映し出すことはできません。
煩悩がそれを邪魔するからです。ここのところ、過去にあり得ないような信じられない
不祥事が次から次へとおこります。その度に、「どうしてこんな事をする人間がいる
のだろう」とテレビ番組のゲストが嘆くシーンがよく見られますが、それは大きな
勘違いです。
私たち人間は同じヒト族として平等に生を受けていますので、すべてに同じDNAが、
公平にないぞうされています。ヒト族と犬族では、かなり大きな違いがありますが
人間界に特殊な人はいても、人間固有のDNAを持っていない人は一人もいません。
現代は情報化社会で、自分の行動範囲以外での人の生き様が伝わってくるように
なりました。その昔「村」単位の生活しか知らなかった時代とは大きな違いが
あります。さまざまな不祥事や悪事がなくなっていかないのは、「人のふりみて
わがふり直せ」ではありませんが、人間が同じ人間をみて、「自分とは違うんだ」と
人間の本質を知ることを避けているからではないでしょうか。
「天は人のうえに人を作らず、人の下に人を作らず」はあまりにも有名な言葉ですが
人は平等であることの意味以外に、人はすべて善事も悪事も実行できる煩悩を
もっていることの例えではないでしょうか。よく「性善説」「性悪説」の論議が
なされますが、それはナンセンスです。人は善と悪を渾然一体となってもっている、
これが真理ではないかと思います。
ですから、私たちは、人の失敗や不祥事、悪事を見て他人事のように思わないで
己も環境が整えば、同じことをやってしまう人間なんだと思い知る必要があると
思います。そして、そのようにならない為には何を為すべきかをよく考えて「人のこころ」をもっと知る必要があるのではないでしょうか。
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