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過去あるいは現存する偉人といわれる人が残した語録には、ジャンルによっても多少異なるが、かなり多くの共通点を見出すことができる。単なる言葉遊びが、たまたま「言い得て妙」な表現に結果としてなった場合を除けば、非常にシンプルであるという点である。森羅万象、喜怒哀楽、人の欲などが複合的に縦横におりなす現世の事象を、きわめて分かりやすく表現できるところに、凡人とは一味違った境地のパイオニアの凄みを感じさせる。
例えば、故松下幸之助氏は、「一日一話」のなかでこう述べている。
「熱意は磁石---いかに才能があっても、知識があっても、熱意の乏しい人は画ける餅に等しいのです。反対に、少々知識が乏しく、才能に乏しい点があっても、一生懸命というか、強い熱意があれば、そこから次々とものが生まれてきます。その人自身が生まなくても、その姿を見て思わぬ援助、目に見えない加勢というものが自然に生まれてきます。それが才能の乏しさを補い、知識の乏しさを補って、その人をして仕事を進行せしめる、全うさせる、ということになるわけです。あたかも磁石が周囲の鉄粉を引き付けるように、熱心さは周囲の人を引き付け、周囲の情勢も大きく動かしていくと思うのです。」
確かにそういわれれば、そうだなあと合点がいくものですが、そこまで自分では考えたことがない、というのが正直なところです。ただ、従来の既成概念と言いますか、他力本願といいますか、人は何かに寄りかかりながら無難な道を無意識に探しているような気がします。自分で自分の言葉を発しようとしない。作られたものを代用しようとする。そこには、創造しようという気迫といいますか、人生の華が欠落しているように感じられます。
同じく、「ダム経営」も松下哲学のいち語録です。
「ダムというものは、あらためて言うまでもなく、河川の水をせきとめ、たくわえることによって、季節や天候に左右されることなく、常に必要な一定量の水を使えるようにするものである。そのダムのようなものを、経営のあらゆる面に持つことによって、外部の諸情勢の変化があっても大きな影響を受けることなく、常に安定的な発展を遂げていけるようにするのが”ダム経営”の考え方である。」
これは、現在でいうところのリスク管理の考え方であり、仕事のみならず、私生活でも大きな意味をもっています。外部の影響で自分の人生が無理やり変化させられることを好んでいる人はいないと思いますが、だからといって、それに備えるというよりは、多分自分だけはそうはならなだろうとか、ならない事を神仏に祈る程度の行動に留まっています。
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